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「ごめんなさい…」
それは今までに何度となく、言われた言葉。
ふざけたへにゃ顔で、ふっと困ったような顔で、あるいは空気をぴりりと冷たくさせる程の、金の瞳で。
眼帯をしていない方の瞳からは、堪え切れなかった沢山の雫が。
今まで弾みで泣くことはあっても、辛さに耐えきれず泣くことはあっても。
自分から、何かの壁が決壊したように、泣き出したことなんて、初めてで。
驚いた黒鋼は、呆然とその魔術師を見やる。
崩れるように膝を折り、そのはずみで自分にとさ、と倒れてきた魔術師を体で受け止めると。
「…ゆる、して」
それは、今まで一度たりとも聴いたことのない言葉だった。
ずっと仮面をかぶり続けて、ひたすらにただ嘘を纏って。
そしてずっと許されないことを、罰を、望んでいたこの魔術師が。
許しを乞う、言葉を。
口にした。
「…別に責めてないだろ」
驚いた黒鋼は、おもわずまじまじと魔術師を見てしまったけれど。
しかし瞳からはぽろぽろと雫が止まることはなく。
自由が利く片腕をそっと金糸に絡めると。
「…もう、腕、ない…っ」
また一つ、壁を壊して絞り出された、言葉。
それが許しを乞う理由なのかと。
しかしそれは、とてもこの魔術師らしいもので。
そこはまだ、すぐに変わることはなかったのかと。
自分を責めて、そして、許しを乞う、この魔術師が、黒鋼はとても愛しくて。
金糸に絡めていた腕でそのまま、この細い体を抱きよせる。
「…ゆるして…っ」
こうして、堤防は決壊してゆく。
仮面など既に粉々に散って、そこにはただ魔術師のあるべき姿が。
「腕はおまえのせいじゃないだろ」
「ちがう…!」
ふるふる、と振られる首。
金の髪が、パサパサと顔に降り注ぐ。
「だって…、
死んでしまうかと思った…っ」
これが最後の決定打となり。
仮面も嘘も、身に纏うベールも。
すべてが散り散りになり消えていった。
「…悪かったな」
今までに自分をさらけ出すことがなかった魔術師の、心の底からの、一つの思い。
黒鋼の着物の裾に顔をうずめてしまって、表情は伺えないけれど。
相変わらず小刻みに震える肩を見やり、忍者もまた、ひとつ踏み込む。
「…俺も、東京では同じ思いをしてたんだ」
は、と息を飲む音が聞こえて。
そこにはおそらく、片目だけの蒼を、大きく大きく見開いているのだろうと。
―これは二人の、始まりの日の出来事。