「おかえしだよ、
黒様。」
久々に、この自分にとっては呪文のような言葉を口にした。
久々なんてものではない。
実際そんなに月日が経っているわけではないのに、もう何年も、何十年も口にしていなかったみたいだ。
その言葉の紡ぎ方すら忘れてしまっていそうで、実は内心口にすることが不安で仕方なかったのだけど。
さすがに忘れてしまう訳はなく、口を開けばすぅっと流れ出る、この呪文。
「…ぶっ飛ばすぞてめぇ」
自分から紡いだ呪文に、縛られるのはいつも自分自身。
その、当り前のように、日常のように返された、言葉が。
こんなに温かいものだなんて。
こんなに嬉しいものだなんて。
…こんなに、大切なものだったなんて。
くす、とひとつ笑みをこぼし、黒鋼の主がそっと部屋を後にした。
気をつかってくれたのだろうか。
カラカラと音が鳴り、トンっとふすまが閉められて。
部屋の中には、二人きりとなって。
白いシーツ。
白い布団。
白い天蓋。
白い着物。
動く身体。
瞬く瞳。
開く口。
呼吸をする、音。
…生きて、いる。
自分の前で、ちゃんと。
消えていない。
生きていて、くれた。
「……っ」
たまらずに込み上げてきたものは、今までの自分への免罪符、そして忍者への止まらぬ思い。
「ごめんなさい…ごめんなさい…っ」
しかし口をつくのは、ただ謝罪の言葉だけ。
「何謝ってんだ」
突然の事態に、忍者はただ困惑するしかなく。
「…ゆる、して」
「…別に責めてないだろ」
へたりこんだ魔術師に忍者はどうすることもできず。
たどたどしく、その髪を、忍者が右手でそっとなでると。
「…もう、腕、ない…っ」
カコン…と、遠くから竹の鳴る音がした。
一度心の堤防を破りあふれ出た言葉は、それに連鎖するようにすべての堤防を破りさってしまって。
次々とあふれる温かい雫は、今まで決して誰にも見せたことがなかったもので。
しかし黒鋼は、それに対し何も答えることなく。
片腕で勢いよく、きつくきつく、抱きしめられて。
「…ゆるして…っ」
口をつくものはやはり心の奥にしまっていたものばかり。
だけど、君がここに居てくれるから。
消えないで、いてくれたから。
この言葉とともに、二人はようやく、始まることができるのだから。