どんよりとした大きくて厚い黒い雲。
しとしと降り注ぐ空の涙。
今日の天気は雨模様。
雪の寒さとはまた違う。
寒さの自己主張が激しい雪は、寒いことがあまりにも当たり前で、それ故に寒くは感じない。
冬に降る雨は、その涙の冷たさからか、あるいはその切なさからか、身に染み入るように侵食する。
体の芯から冷えるような寒さ。
じわじわと、自分の何かを奪っていくような。
ぞく、と再び体が震え、身を抱くように腕を回すと。
突然回りが見えなくなった。
灰色の世界が、黒に変わった。
相変わらずなのは、体にじんわりと染み入る冷たい涙だけ。
何もない、何も聞こえない、雨の感触だけがやけにリアルな黒の世界。
そうか。
冷たい涙に、とうとう体の全てを侵されたのか。
と、やけに納得していた自分は、この雨に呑まれてしまうことをどこか夢見ていたのだろうか。
なにも見えないこの世界。
歩くこともままならず、手探りで掴んだ細い、細い糸を頼りに、たどたどしく前へと進む。
自分はこの雨の中、一体どこへ向かおうとしていたのだろう?
記憶は既に雨になって溶けた。
今、確かなものと言えるものは、黒と、涙と、冷たさだけ。
糸は途中で切れていた。
目的もわからない自分は、ここで立ち往生するしかなく。
体の全てを侵してもまだ物足りないのか、冷たい涙は相変わらず体に降り注ぐ。
まるで、自分の全てを溶かしてしまおうとするかのように。
このまま溶けてしまうのも、それはそれで望むところだ。
朦朧とした頭は、思考回路もままならぬままよからぬ方向へ回りだす。
どうせ、漆黒の世界に成す術など有る筈がないのだから。
漆黒。黒。
黒鋼の象徴である、深い色。
思えば自分は、いつも黒鋼に対しては無力だった。
射抜く瞳は全てを見透かし、身にまとういくつものベールを剥ぎ取ってゆく。
ふと、気付いた。
この黒の世界は、もしかしなくとも、黒鋼の、世界?
そうか。
自分はとうとう、あの忍者に呑まれてしまったのか。
それならば、なおのこと本望であると。
このまま黒に身を任せ、自分は消えてしまえばいいと。
薄く瞳を閉じたところで、もう一つ、有る筈の色が存在しないことに気づいた。
自分の持つ蒼色とは決して相容れることのない、深い、深い紅い色。
疑問に思い、閉じたばかりの瞳を開く。
気づけば雨は止んでいた。
どんよりとした雲は、泣きはらしたあと眠りにつくようにすぅっと薄くなり消えてゆく。
黒の世界に光が射す。
それは、涙に侵された体を少しずつ温めるような優しい光。
決して眩しくはなく。明るくもなく。
優しくも力強い、深い深い紅色の光。
見つけた。
黒に映える、もうひとつの黒鋼の色。
今までの黒の世界はどこへやら。
いつの間にやら雲は立ち去り、そこには澄み渡る蒼い空。
紅の光。蒼の空。
相容れない色ではなかったのか。
だってこんなに見事なコントラスト―。
*****
目を覚まして最初に見たのは、呆れ顔の忍者だった。
「いつまで寝てるんだ」
「……ゆ、め?」
「何寝ぼけてんだ」
目に飛び込んできた紅の色に夢の名残を引きずらせながらも、頭を振り覚醒させる。
やけにリアルだったあの世界も、思えば非現実的なところがあったから、やっぱ夢だったんだなぁ、と覚醒したての動きが鈍い頭で現実へ戻る。
「ごめんね、すぐに朝食作るねー」
日常へと戻る合図の言葉。
現実の世界は、ぽかぽか陽気のうららかな天気。
外を見れば、ここにも紅い太陽と蒼い空。
今日は、いい一日になりそうだ。